KDS2022活動ムービー
Information お知らせ
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- 2024.09.28
- 北九州ドリームサミット2024第7回運営会議を開催しました
- 2024.09.14
- 北九州ドリームサミット2024第6回運営会議を開催しました
- 2024.04.21
- 北九州ドリームサミット2024キックオフミーティング開催しました
Report 活動報告
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北九州ドリームサミットとは・・・
2005年に北九州青年会議所によってスタート。
北九州市内の中学2年生の議員さんたちが、このまちの問題や明るい未来のためには何が必要かを考え、その解決に向けてみんなで力を合わせて実際に事業を行い、北九州の明るい未来をみんなで創っていく活動をしています。
「夢」はなに?
初めて参加した時、メンバーの一人から「僕の夢は〇〇になること!山崎君の夢はなに?」と言われ、何も答えることができなかったことを今でも覚えています。そこから、自分の「夢」は何かについて考える様になりました。時は経ち、現在私は九工大の博士課程に進学しています。博士課程の主な仕事は研究をすることです。研究というのは、自分の夢や哲学を具現化するもので、ひいては人の夢を叶える仕事でもあります。この11年間、一貫した夢というわけではなく紆余曲折の中で、自分の夢は大きく変化し続け、今の私も昔思い描いた夢の自分とは大きく異なります。しかし、夢や目標を持ち続けることは人生を豊かにするということをこの11年間で学ぶことができました。もし、その時のメンバーがこの文章を読んでいるのであれば、あの時の返事を今させて頂きます。 「今の私の夢は、テクノロジーを通じて人の夢を叶えることです。」
「ヒーロー募集中」と書かれたKDSのポスターが
私の人生を変えました。
ごく普通の中学生だった私がKDSに出会い、同じ地元で育つハイレベルな仲間や尊敬する先輩方、頼れる北九州青年会議所(当時の北九州ドリームサミット運営)の皆様にお会いしたことで、私の世界は地元に留まるどころかどんどん広がっていきました。(高校も海外で卒業した程です!)KDSは当時中学生だった私にとって学校や家庭を超えたサード・プレイスとして、私を多方面で支え、成長させてくれました。私が2012年に議長/プロジェクトリーダーを務めさせていただいた際、私は被災地である釜石市に地元北九州市の中学校で育てた北九州市の市花であるひまわりと、集めた募金をお届けする活動を行いました。そこで、ごく普通の私が誰かの役に立てること、支援している側がより被災者から元気をもらっていたこと等多くのことを学びました。その学びは、元総理大臣も参加した日米学生会議の実行委員としての活動や少年少女国連大使、国連傘下のYUNGA JAPANアンバサダーを務める中で活かされています。今もなお、KDSのメンバーは共に高め合い、励まし合い、刺激し合い、支え合える人生を通しての親友です。
ごく普通の中学生だった私にだって、ヒーローになれたんです。今この文章を読んでいるあなたにだってヒーローになれることを証明します!KDSに参加できることは北九州市の学生であるみなさんだけの特権です。興味のある方はぜひチャレンジしてみてください!
私の原点。それが「北九州ドリームサミット2015
私は今、北九州市立大学地域創生学群に入学し、地域について学び実践するとともに、北九州市を若者の力で盛り上げることを目的に、『若者団体 CityCircle』という団体を立ち上げ、活動しています。そんな私の原点がこのKDS なのです。なぜ、原点なのか。それは3つの出会いにあります。
1)学外の志高いの仲間との出会いKDS で、学外の志高い仲間との出会い私たちは今でも繋がり、それぞれが活動しています。
この一生のかけがえのない仲間との出会いがここで生まれました。
2)まちの未来と子どもたちのことを考える地元社会人との出会い運営をしている社会人の方々は普段繋がることのできない方々が多く、キャリア選択の上で憧れとなりました。私のビジョンとして「大切な人とその家族を養い、まちや未来について考え行動する経営者」というものがあります。このビジョンが生まれたのは KDS のおかげでまさにターニングポイントです。
3)新たな自分との出会い私は小学5年生で腰を怪我し、寝たきりで学校へ行けなくなり、いじめに発展し、2年間の不登校を経験しました。その後、転校した先で出会ったのが KDS です。この KDS で、「まちのことなんて大人がすること」という意識から「自分が動けばまちが変わる」という意識になり、高校時代に自ら企画を立ち上げ行動し、今の活動に繋がっています。